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2011年5月の記事

震災3ヶ月目

 震災の発生から2ヶ月が経ちました。
 連日の原発関係の報道を受けて、否が応でも原発について学ぶ必要に迫られました。とても大切な話なのに、いままであまりに知らなすぎました。
 知識の積み上げがないと理解できない話もたくさんありますが、まずは、日常生活に際して必要な程度に放射線のことを知りたいと思いました。
 ところで、こうした知識を得ることと、これからの日本の電力について考えることはまったく別です。後者には「思想」が絡んできます。正しい放射線の知識を教えてくれる人が、必ずしも自分と同じ考えを持つとは限りません。
 話を難しくするのは、ときに、前者に対しても思想を絡める人がいることです。いまに始まった話ではありませんが、必要以上に安全性または危険性を強調し、それでよしとする人が確かにいます。
 誤った知識を学ぶと、損をするのは学んだ側です。誤りであるかどうかの判断が素人には難しいのですが、「多くの科学者の話を聴いて、極論を排除する」「新論を見かけたら再検証する」というやり方がいいのかなと思っています。

 さて、1988年は、今年と同じように日本で反原発運動に火のついた年でした(†1)。デモ活動や評論、漫画、音楽で反原発が叫ばれました。同年の「朝まで生テレビ!」では2回に渡って原発が論じられました。その貴重な映像がYoutubeにアップされています。
 当時主流となった広瀬隆さんらの方法には、不必要に扇動的すぎるという問題がありました。このため大きな批判を受け、やがておさまってしまいます(†2)。
 原子力発電が手放しで礼賛できるものではないことは、今回我々は身を持って経験しました。ただ、当たり前ですが、何に重点を置くのかで話は変わってきます。軌道修正するためには、原発の是非だけを論じるのではなく、電力をどう供給するのかという大きな枠で考えなければなりません。また、扇動的なやり方は受け入れられないという、1988年の反省も活かすべきです。

 「朝まで生テレビ!」の話に戻って、番組内の意見を2つだけ紹介します。
 原発に関して是々非々という立場がどういうものかは、番組後半で登場する西部邁さんの話に顕著に見られます(†3)。

「エネルギー問題については原子力エネルギーも含めて推進すべきか阻止すべきかという二者択一をそう簡単に言えるような状態ではない。これは日本だけではなく文明自体がそうだと思う」「我々が使っているほとんどすべてのものが近代文明の産物。そういうものをたっぷり恩恵を被っておりながら、しかもそれを素晴らしいものだと思っておきながら、たとえば原子力の問題についていずれか一方をとるかという極めて子供っぽい議論を展開する、何か考え方にどこかふしだらなものがあるのではないか」

 何より、ほとんどの日本人は普段エネルギー問題に無関心でいる割に、電力が供給され続けることを前提に生きているし、産業もそうやって動いています。ジャーナリストは「反原発」「推進派」というくくりをよく使いますが、大半の日本人は是々非々の立場でしょう(†4)。
 いつでもこの是々非々の立場に戻れる姿勢でいることは、感情的になりがちな原発を巡る議論において大切だと思います。誰が悪いのかを決めつけて満足し、思考停止していては、議論の意味がありません。

 一方で、西部さんは科学技術に対する不安は古今東西、普遍にあるもので、原子力だけが特別ではないとも話しています。本当にそうでしょうか。

 暉峻淑子さんは番組内でこう話しています。

「地球の歴史35億年か40億年の中で寿命がきて死に絶えたプルトニウムというものを、いま人工的に作り出して、日本列島の中で、いくらガラス(による固化)がどうかこうかと言ってもそこには地震もあるし、長い長い歴史の中にはほんとにいまわからないことも発生するでしょうね。そういうことの中で安全だということを言い切ることが果たしてできるのだろうか。それは科学の歴史に比べて、これからプルトニウムが2万何千年も半減期があるのはあまりにも長すぎる」

 最近日本でも公開された映画「100,000年後の安全」は、フィンランドの放射性廃棄物の隔離施設オンカロを追うドキュメンタリーです。10万年後、人類がいなくなったときの問題想定に至っては気の遠くなるような、ある意味無責任な話です。それでも、日本でも事故の発生有無とは無関係に、廃棄の問題は考えねばなりません。

 誰もがすべての点で納得するように解決するのは無理でしょう。それでも、同じ国で暮らしていくのであれば、どこかで妥協点を見つけるしかありません。

 1988年に、忌野清志郎が反核ソングを含むアルバム「Covers」を販売しました。私はずいぶんあとになってからそれを聴いたのですが、当時の扇動的な反原発運動を象徴していると思いました。その続編的な歌が並ぶアルバム「コブラの悩み」や、覆面をして歌った「THE TIMERS」のアルバムは愛聴盤です。TIMERSの反核ソングは歌詞ひどいですが。
 ROCKIN'ON JAPAN 特別号(2009/6)に収録された、Covers発売当時のインタビューでは、清志郎がやっぱりちょっと間違った放射線の怖がり方をしていて残念なんですが、それも時代を写しているのかなと思います。いま我々はもうちょっとだけ洗練された怖がり方ができると思うので、実践していきたいです。
 特別号は清志郎の亡くなった翌月に出たもので、他にも貴重な記事があります。と、まさかの音楽話〆。


補記
†1)
 Wikipediaの「原子力撤廃」に反原発運動の歴史がまとめらています。

†2)
 番組内で、西部邁さんを「広瀬さんの前で悪いけど、両陣営ともこの問題を語るときの言葉遣いがあまりにもエキセントリックで、こんな人間たちが推進するにしろ阻止するにしろ技術をうまく使えるとは思えない」、栗本慎一郎さんを「広瀬さんの『危険な話』みたいな書き方はかえってこの問題にマイナスを与える」「議論のレベルをずらしてるんだあなたは。あなたは学生時代に何やってきたんだ」と言わしめています。
 震災後も同じ路線で話されているようです。
教えて!スポニチ「広瀬隆さんの主張は正しいのか?」

†3)
 震災後も基本的に同じことを説いています。
TokyoMX TV 東日本大震災に際し『西部邁ゼミ』メッセージ2011年3月19日放送

†4)
Wikipedia 原子力より

「原子力の技術には長所と短所が数多くあり、人によりどの点を重要視するかによって肯定的な立場や否定的な立場をとる。2000年前後の時点で日本人は賛成する人と反対する人の割合に大きな偏りはないとされるが、しかし圧倒的に大多数の人が無関心である。関心を持つ人の間ではしばしば、原子力技術の将来の発展性、大事故の可能性、など科学的な評価の難しい論点が取り上げられ、事実よりはむしろ想像に基づく議論が展開される」
「原子力に対する肯定、否定の態度は最初に原子力の情報に触れた時に得た印象で方向付けられる傾向があるとされる。しかし原子力に関するほとんどの情報は肯定、否定いずれかの立場で活動する者から発信されているので初学者は注意が必要である」

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